みんなベルモンドが大好き
SARAH VAUGHAN サラ・ヴォーン
- 白野弁寿
2026/09/03 (Thu) 12:25:34
SARAH VAUGHAN サラ・ヴォーン(本名:Sarah Lois Vaughan サラ・ロイス・ヴォーン)は、1924年3月27日米国ニュージャージー州ニューアーク生まれ。7歳でピアノを始め、教会のオルガン奏者・聖歌隊として活躍。1942年、アポロ・シアターのアマチュア・ナイトで優勝したのをきっかけにプロ歌手デビュー。ソプラノからコントラルトまでオペラ歌手にも匹敵する幅広い声域と、豊かな声量を兼ね備え、ジャズ・ボーカル史上ビリー・ホリデイ、エラ・フィッツジェラルドと並ぶ、女性ジャズ・ヴォーカリスト御三家の一人と言われた。1990年4月3日、カリフォルニア州の自宅で肺癌のため亡くなった。
1973年9月24日、東京中野サンプラザでのライブで「ある愛の詩」を歌っている。カール・シグマンの英語詞で、伴奏はカール・シュローダー(ピアノ)、ジョン・ギアネリ(ベース)、ジミー・コブ(ドラムス)。
このアルバムは同年、米メインストリームから2枚組LPとしてリリースされ、各国盤がリリース再発される“名盤”となっている。日本でも同年テイチクからリリースされ、1986年にはCD2枚組で再発された。
また、1991年には、ソニー・ミュージックエンタティメントから、2枚組LPに収録されず『アンコール!サラ』として別途リリースされた9曲も追加収録された“決定版”(2CD JA SONY MAINSTREAM RECORDS SRCS 9391-2)もリリースされている。(画像はこの決定版CD)
SARAH VAUGHAN / LIVE IN JAPAN / 2LP USA MAINSTREAM MRL 2 401 (1973)
ID / 2LP JA TEICHIKU MAINSTREAM RECORDS ULS-119-120 (1973)
ID / 2CD 2CD JA MAINSTREAM RECORDS 60ED5003 (1986.10.21)
A1. A FOGGY DAY
A2. POOR BUTTERFLY
A3. THE LAMP IS LOW
A4. 'ROUND MIDNIGHT
A5. WILLOW WEEP FOR ME
B1. THERE WILL NEVER BE ANOTHER YOU
B2. MISTY
B3. WAVE
B4. LIKE SOMEONE IN LOVE
B5. MY FUNNY VALENTINE
C1. ALL OF ME
C2. LOVE STORY (WHERE DO I BEGIN)
C3. OVER THE RAINBOW
C4. I COULD WRITE A BOOK
D1. THE NEARNESS OF YOU
D2. I'LL REMEMBER APRIL
D3. WATCH WHAT HAPPENS
D4. BYE BYE BLACKBIRD
ORNELLA VANONI オルネラ・ヴァノーニ
- 白野弁寿
2026/09/02 (Wed) 13:31:29
ORNELLA VANONI オルネラ・ヴァノーニは、1934年9月22日ミラノ生まれ。製薬会社を経営する裕福な一家に生まれ、ソルボンヌ大学、ケンブリッジ大学に留学。帰国後ミラノ小劇場で女優デビューし、映画にも数本主演したが、歌手に転向。ミルバ、ミーナとともにイタリアン・ポップスを代表する女性歌手の一人となった。1970年にヴァノーニ最大のヒットとなった「L'APPUNTAMENTO 逢びき」はアラン・ドロン主演の『ビッグ・ガン』(1973)や、米映画『オーシャンズ12』(2004)に使用された。2025年11月21日ミラノの自宅で心停止のため亡くなった。
1967年、伊アリストンから「男と女」をシングルリリース。ヘルベルト・パガーニ(デイジー・ルミニの項を参照)のイタリア語詞で、編曲はアウグスト・マルテッリ。
アウグスト・マルテッリ AUGUSTO MARTELLI は1940年3月15日ジェノヴァ生まれ。父親は作・編曲家のジョルダーノ・ブルーノ・マルテッリ、姉エディットはソプラノ歌手という音楽一家で、アウグストも早くから作・編曲家、指揮者、レコードプロデューサーとして活躍した。歌手ミーナとは公私にわたるパートナーだったが、結婚には至らなかった。またTV司会者も務め、映画音楽やTVのテーマ曲も手掛け、ボブ・ミッチェルBob Mitchell、ウット・ハンマーズUtto Hammersなどの変名を用いることもある。晩年は病気を患っていたが、2014年11月3日ミラノの自宅アパートで亡くなった。
ORNELLA VANONI / SI IT ARISTON AR0194 (1967)
1. TI SALUTO RAGAZZO (A.Aurri – M.Jurgens – A.Martelli) 2:28
2. UN UOMO, UNA DONNA (UN HOMME ET UNE FEMME) (Pagani – Baroouh – Lai) 2:26
Orch e arr A Martelli
La sigrla di “GRAN VARIETA” (1)
NINO TEMPO & APRIL STEVENS ニノ・テンポ&エイプリル・スティーブンス - 白野弁寿
2026/09/01 (Tue) 12:19:57
NINO TEMPO & APRIL STEVENS ニノ・テンポ&エイプリル・スティーブンスは、米国の姉弟ボーカルデュオ。1963年「ディープ・パープル」でグラミー賞最優秀ロックンロール・レコーディング部門賞を受賞した。
ニノ・テンポ NINO TEMPO(本名:アントニーノ・ロテンピオ Antonino LoTempio)は、1935年1月6日ニューヨーク州ナイアガラフォールズ生まれ。4歳でタレントショーに優勝し、ベニー・グッドマンと共演したり、子役として映画『赤い仔馬』や『グレン・ミラー物語』に出演した。1961年姉キャロルとボーカルデュオを結成し、“ニノ・テンポ&エイプリル・スティーブンス”として活躍した。またセッション・ミュージシャンや声優としても活躍した。2025年4月10日カリフォルニア州ウェストハリウッドの自宅で亡くなった。
エイプリル・スティーブンス APRIL STEVENS(本名:キャロル・ヴィンシネット・ロテンピオ Caroline Vincinette LoTempio)は、1929年4月29日ニューヨーク州ナイアガラフォールズ生まれ。両親ともルーツはシチリア島からの移民で、ニノ・テンポの姉。1950年頃からレコーディング活動を始め、1961年弟アントニーノと、最初“Carol & Anthony”名義でレコードデビュー。芸名をエイプリル・スティーブンスに変えて“ニノ・テンポ&エイプリル・スティーブンス”として活躍した。2013年に出版した自伝の中で、当時年齢詐称していたことを告白している。2023年4月17日アリゾナ州スコッツデールで亡くなった。
1972年、A&Mから「ある愛の詩」をシングルリリース。カール・シグマンの英語詞で、編曲はジェフ・バリーとニノ・テンポ。
ジェフ・バリー JEFF BARRY(本名:ジョエル・アデルバーグ Joel Adelberg)は、1938年4月3日米国ニューヨーク市ブルックリン生まれのソングライター、音楽プロデューサー。1962年エリー・グレニッチ(1940~2009)と結婚し、1965年離婚後も共同でロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」など多くのヒット曲を生み出した。1971年A&Mレコードと契約し、1972~75年ニノ・テンポ&エイプリル・スティーブンスを担当した。
このレコードは欧米各国でリリースされたが、特にオランダでは1973年シングルチャート5位を記録するヒットとなった。(画像は仏盤)
NINO TEMPO & APRIL STEVENS / SI USA A&M 1394S (1972)
ID / SI FR A&M AM 1394 (1972)
ID / SI HOL A&M 12447 AT (1972)
1. LOVE STORY (C.Sigman – F.Lai)
2. HOOCHY COOCHY-WING DANG DOO (J.Barry – N.Tempo – A.Stevens)
Produced and arranged by JEFF BARRY and NINO TEMPO
DANNY STREET ダニー・ストリート - 白野弁寿
2026/08/31 (Mon) 12:26:08
DANNY STREET ダニー・ストリート(本名:Joseph Wilson Drysdale ジョセフ・ウィルソン・ドライスデール)は、1941年4月22日スコットランド中部スターリング生まれ。生地の高校を卒業後、電気技師見習いをしながら歌唱法を習い、1962年11月からダニー・ストリート名義でジョニー・ハワード・バンドのボーカリストとしてBBCラジオに出演した。1969年バンド脱退後はソロ・アーティスト、セッション・シンガーとして活動していたが、心臓病を患い、1995年頃引退。2010年4月21日心臓発作で亡くなった。
1972年、テイチク~パイ・レコードから、ドン・ブラック・オーケストラ・アンド・シンガーズのソロ・ヴォーカルとして、「WHERE DID OUR SUMMER GO 個人教授」をシングルリリース。カプリングは「TO SIR WITH LOVE いつも心に太陽を」(マーク・ロンドン作曲)で、いずれもドン・ブラック自身の作詞によるもの。
レーベル面の記載から、原盤は英パイからリリースされた『THE DON BLACK MOVIE SONGBOOK』(UK PYE NSPL 18346、リリース年不明)と思われるが、未確認。
THE DON BLACK ORCHESTRA & SINGERS (vocal DANNY STREET) / SI JA PYE UP-381-Y (1972)
1. TO SIR WITH LOVE (Mark London – Don Black)
2. WHERE DID OUR SUMMER GO (Francis Lai – Don Black)
STELLA & BAMBOS ステラ&バンボス - 白野弁寿
2026/08/30 (Sun) 15:28:18
STELLA & BAMBOS ステラ&バンボスは、エステラ・ハリスEstella Harris とバンボス・ザカリアスBambos Zachariasの夫婦デュオで、1960年代後半から1970年代前半に英国を拠点として活動していた。
バンボス・ザカリアスはキプロス生まれのギタリスト、ライター、プロデューサーだが、エステラ・ハリスについては殆ど情報がない。
1969年、英CBSからリリースされたアルバム『A SONG ABOUT A SONG』で、「男と女」を歌っている。ジェリー・ケラーの英語詞で、アルバムの編曲はフランク・バーバーとニック・イングマンがクレジットされている。
フランク・バーバー FRANK BARBER は1926年4月27日英国ランカシャー州マンチェスター生まれの作・編曲家、指揮者。CMソングの作曲は数百曲に及ぶという。1988年2月21日サリー州エプソムで亡くなった。
ニック・イングマンについてはスチュアート・ギリーズの項を参照。
Stella & Bambos / A SONG ABOUT A SONG / LP UK CBS 63586 (1969)
1. The Sweetest Sounds (R. Rodgers) 2:06
2. By The Way I Still Love You (G. Gustin - M. Teze - P. Pavey) 2:33
3. Pajaro Chogui (Trad. arranged by Stella And Bambos) 2:03
4. If I Fell (Lennon – McCartney) 2:54
5. How Insensitive (N. Gimbel, - W. Mendonca - A.C. Jobim) 3:20
6. Meditation (N. Gimbel - W. Mendonca - A.C. Jobim) 3:07
7. Three Four Latin (B. Zachariades) 1:48
8. A Song About A Song (Bambos – Stella) 2:36
9. One Note Samba (N. Mendonca – A.C. Jobim) 2:36
10. Mulatona (Bambos – Stella) 1:55
11. Little Boat (Boscoli – Kaye – Menescal) 2:18
12. Autumn Concerto (C. Bargoni - G. Parsons - J. Turner - P. Siegel) 2:55
13. El Manisero (Peanut Vendor) (Gilbert – Simons – Sunshine) 2:12
14. A Man And A Woman (F. Lai - J. Keller - P. Barouh) 3:12
Arranged by Frank Barber and Nick Ingman
Produced by Alan Paramor
Engineering : Mike FitzHenry
JOAN SHEPHERD ジョーン・シェパード - 白野弁寿
2026/08/28 (Fri) 14:37:43
JOAN SHEPHERD ジョーン・シェパードは、1944年9月5日米国バージニア州ポーツマス生まれ。1960年代グレン・ミラー・オーケストラの専属歌手をしていたが、1971年化粧品マックスファクターのテレビCMソング「サマー・クリエーション」でレコードデビュー。翌1972年、千昌夫と結婚し、TV『新婚さんいらっしゃい!』などで活躍した。1988年、千と離婚後も日本で活動していたが、2000年帰米し、現在はハワイで暮らしているという。
1972年、東芝~リバティからリリースされたコンパクト盤『ジョーン・シェパード.ベスト4』で「ある愛の詩」を歌っている。カール・シグマンの英語詞で、編曲等のクレジットはない。
おそらく同年のファーストアルバム『CREATION』(LIBERTY LP 80347)から4曲をピックアップしたものと思われる。
JOAN SHEPHERD / BEST 4 / EP JA LIBERTY LP 4614 (1972)
1. SHIROI OMOIDE (T.Yamazaki)
2. LOVE STORY (Carl Sigman – Francis Lai)
3. SUMMER CREATION (Don Pomes – Hal Watkins)
4. HERE COMES THAT RAINY DAY FEELING AGAIN (R.Greenaway – R.Cook – T.Macaulay)
DEBORAH SASSON デボラ・サッソン - 白野弁寿
2026/08/27 (Thu) 12:55:15
DEBORAH SASSON デボラ・サッソン(生名:Deborah Ann O'Brien デボラ・アン・オブライエン)は、1949年8月22日米国ボストン生まれ。オハイオ州オーバリン大学とニューイングランド音楽院で声楽を学び、オペラ歌手(ソプラノ)、ミュージカル女優となった。最初指揮者のミシェル・サッソンと結婚し、サッソン姓となったが離婚。1983年ドイツのテノール歌手ペーター・ホフマンと再婚したが1990年に離婚。離婚後も主にドイツを拠点としており、ポップスの分野でも活躍している。
1984年、独CBSからリリースされたアルバム『ROMANCE』で「BILITIS ビリティス」を歌っている。「BILITIS – GENERIQUE ビリティスのテーマ」にデボラ・サッソン自身が作詞した英語詞で、編曲・指揮はローランド・ヘック(プロフィールは ウテ・ベルリンクの項参照)。
このアルバムはLPとCD両方でリリースされ、米国やオランダではLPのみがリリースされた。
DEBORAH SASSON / ROMANCE / GER CBS LP CBS 26196 / CD CDCBS 26196 (1984)
ID / LP USA CBS FM 39857 (1984)
1. MEMORY (A.Lloyd Webber – T.Nunn)
2. AMOUREUSE (V.Sanson)
3. BILITIS (F.Lai – D.Sasson)
4. KILLING ME SOFTLY WITH HIS SONG (C.Fox – N.Gimbel)
5. MORNING HAS BROKEN (Trad – adapted by G.Kothe, R.Heck – E.Farjeon)
6. THINGS I NEVER SAID… (R.Heck – G.Rothe – D.Sasson) duet with PETER HOFMANN
7. STAY TONIGHT (D.Santos – D.Sasson – M.Luker)
8. OCCASIONAL SIN (M.Roth – D.McBridge)
9. SOLITAIRE (P.Cody – N.Sedaka)
10. DON’T CRY FOR ME, ARGENTINA (A.Lloyd Webber – T.Rice)
11. IF I HAD YOU IN MY ARMS AGAIN (R.Heck – G.Rothe – D.Sasson)
12. BRIGHT EYES (M.Batt)
Arranged and conducted by ROLAND HECK (1,3,6,7,11,12), GERD KOTHE (2,4,5,8,9,10)
JOHN ROWLES ジョン・ロウルズ - 白野弁寿
2026/08/26 (Wed) 12:38:18
JOHN ROWLES ジョン・ロウルズ(本名:John Edward Rowles ジョン・エドワード・ロウルズ)は、1947年3月26日ニュージーランド北島ファカタネ生まれ。父はマオリ族の血統で、オールブラックスで活躍したラグビー選手、母はヨーロッパ系であるという。10歳でタレントコンテストに優勝し、1968年レコードデビュー。1970年代から80年代にかけて人気を博し、米国ラスベガスでも活躍した。2018年ナイトに叙せられ、サーの称号が付与されている。
1971年、米キャップからリリースされたアルバム『SAYING GOODBYES』の中で「ある愛の詩」をミシェル・ルグラン作曲の「風のささやき」とメドレーで歌っている。カール・シグマンの英語詞で、編曲・指揮はアーニー・フリーマン(ヴィッキー・カーの項参照)。
このアルバムは同年日本でも『ある愛の詩/ジョン・ロウルズ』のタイトルでビクターMCAからリリースされた。
JOHN ROWLES / SAYING GOODBYES / LP USA KAPP KS 3651 (1971)
ID / LP JA Victor MCA 5096 (1971)
1. WHAT ARE YOU DOING THE REST OF YOUR LIFE? (Marilyn & Alan Bergman – Michel Legrand)
2. NEVER DREAMED YOU’D LEAVE IN SUMMER (Stevie Wonder – Syreeta Wright)
3. WHERE DO I BEGIN (LOVE STORY) (Carl Sigman – Francis Lai) – WINDMILLS OF YOUR MIND (Marilyn & Alan Bergman – Michel Legrand)
4. MRS.SMITH (Larry Weiss)
5. I APOLOGIZE (Al Hoffman – Al Goodhart – Ed Nelson)
6. A LIFETIME OF LOVE (Kay Millet)
7. SINCE I FELL FOR YOU (Buddy Johnson)
8. SAYING GOODBYES (Larry Weiss – George Devens)
9. DANNY BOY (Fred E. Weatherly)
Produced by TOM CATALANO
Arranged & Conducted by ERNIE FREEMAN
Engineered by ARMIN STEINER
SIDNEY ROSSI シドニー・ロッシ - 白野弁寿
2026/08/25 (Tue) 14:50:03
SIDNEY ROSSI シドニー・ロッシ(本名:Sidney Magalhães シドニー・マガリャエス、通称:Sidney Magal シドニー・マガル)は、1950年6月19日ブラジル、リオデジャネイロ生まれ。最初ボサノバ歌手になろうとして、母のいとこにあたるヴィニシウス・デ・モラエスに止められたという。シドニー・ロッシ名義でレコードデビューするもヒットせず、1971年渡欧しブラジルのフォークミュージック・グループとツアーを行った。翌年、ブラジルに戻り、バーやステーキハウス、ストリップクラブなどで演奏活動を始めた。1976年ポリドールからシドニー・マガル名義で再デビューし、以後、歌手、俳優、ダンサー、声優として活躍し、ブラジルの音楽と文化の象徴的存在の一人となっている。
1971年、おそらく渡欧してツアーを行っている頃、仏エピックから「ある愛の詩」のポルトガル語ヴァージョンをシングルリリース。ポルトガル語詞はロッシーニ・ピントで、編曲等のクレジットはないが、芸術監督:ロッシーニ・ピントと記されている。
ロッシーニ・ピント ROSSINI PINTO は、1937年1月24日ブラジル南東部エスピリトサント州ポンテ・デ・イタバポアナで生まれ。新聞記者を経て、シンガーソングライター、レコードプロデューサーとして活躍した。1985年6月25日急性腎不全のため亡くなった。
SIDNEY ROSSI chante en Portugais / SI FR EPIC EPC 7538 (1971)
1. HISTORIA DE AMOR (F.Lai – C.Sigman – Rossini Pinto)
2. EU PRECISO ESQUECER VOCE (Flavio – Rossini Pinto)
Dir. artistica: ROSSINI PINTO
Re: SIDNEY ROSSI シドニー・ロッシ - 白野弁寿
2026/08/25 (Tue) 14:56:49
SIDNEY ROSSI シドニー・ロッシ(Sidney Magal シドニー・マガル)の肖像
DISCOGS のサイトには、そもそも“SIDNEY ROSSI シドニー・ロッシ”の項目すらないので、ここでは Sidney Magal シドニー・マガル の項目をリンクしておきます。
https://www.discogs.com/ja/artist/966187-Sidney-Magal