みんなベルモンドが大好き
JOAN SHEPHERD ジョーン・シェパード
- 白野弁寿
2026/08/28 (Fri) 14:37:43
JOAN SHEPHERD ジョーン・シェパードは、1944年9月5日米国バージニア州ポーツマス生まれ。1960年代グレン・ミラー・オーケストラの専属歌手をしていたが、1971年化粧品マックスファクターのテレビCMソング「サマー・クリエーション」でレコードデビュー。翌1972年、千昌夫と結婚し、TV『新婚さんいらっしゃい!』などで活躍した。1988年、千と離婚後も日本で活動していたが、2000年帰米し、現在はハワイで暮らしているという。
1972年、東芝~リバティからリリースされたコンパクト盤『ジョーン・シェパード.ベスト4』で「ある愛の詩」を歌っている。カール・シグマンの英語詞で、編曲等のクレジットはない。
おそらく同年のファーストアルバム『CREATION』(LIBERTY LP 80347)から4曲をピックアップしたものと思われる。
JOAN SHEPHERD / BEST 4 / EP JA LIBERTY LP 4614 (1972)
1. SHIROI OMOIDE (T.Yamazaki)
2. LOVE STORY (Carl Sigman – Francis Lai)
3. SUMMER CREATION (Don Pomes – Hal Watkins)
4. HERE COMES THAT RAINY DAY FEELING AGAIN (R.Greenaway – R.Cook – T.Macaulay)
DEBORAH SASSON デボラ・サッソン - 白野弁寿
2026/08/27 (Thu) 12:55:15
DEBORAH SASSON デボラ・サッソン(生名:Deborah Ann O'Brien デボラ・アン・オブライエン)は、1949年8月22日米国ボストン生まれ。オハイオ州オーバリン大学とニューイングランド音楽院で声楽を学び、オペラ歌手(ソプラノ)、ミュージカル女優となった。最初指揮者のミシェル・サッソンと結婚し、サッソン姓となったが離婚。1983年ドイツのテノール歌手ペーター・ホフマンと再婚したが1990年に離婚。離婚後も主にドイツを拠点としており、ポップスの分野でも活躍している。
1984年、独CBSからリリースされたアルバム『ROMANCE』で「BILITIS ビリティス」を歌っている。「BILITIS – GENERIQUE ビリティスのテーマ」にデボラ・サッソン自身が作詞した英語詞で、編曲・指揮はローランド・ヘック(プロフィールは ウテ・ベルリンクの項参照)。
このアルバムはLPとCD両方でリリースされ、米国やオランダではLPのみがリリースされた。
DEBORAH SASSON / ROMANCE / GER CBS LP CBS 26196 / CD CDCBS 26196 (1984)
ID / LP USA CBS FM 39857 (1984)
1. MEMORY (A.Lloyd Webber – T.Nunn)
2. AMOUREUSE (V.Sanson)
3. BILITIS (F.Lai – D.Sasson)
4. KILLING ME SOFTLY WITH HIS SONG (C.Fox – N.Gimbel)
5. MORNING HAS BROKEN (Trad – adapted by G.Kothe, R.Heck – E.Farjeon)
6. THINGS I NEVER SAID… (R.Heck – G.Rothe – D.Sasson) duet with PETER HOFMANN
7. STAY TONIGHT (D.Santos – D.Sasson – M.Luker)
8. OCCASIONAL SIN (M.Roth – D.McBridge)
9. SOLITAIRE (P.Cody – N.Sedaka)
10. DON’T CRY FOR ME, ARGENTINA (A.Lloyd Webber – T.Rice)
11. IF I HAD YOU IN MY ARMS AGAIN (R.Heck – G.Rothe – D.Sasson)
12. BRIGHT EYES (M.Batt)
Arranged and conducted by ROLAND HECK (1,3,6,7,11,12), GERD KOTHE (2,4,5,8,9,10)
JOHN ROWLES ジョン・ロウルズ - 白野弁寿
2026/08/26 (Wed) 12:38:18
JOHN ROWLES ジョン・ロウルズ(本名:John Edward Rowles ジョン・エドワード・ロウルズ)は、1947年3月26日ニュージーランド北島ファカタネ生まれ。父はマオリ族の血統で、オールブラックスで活躍したラグビー選手、母はヨーロッパ系であるという。10歳でタレントコンテストに優勝し、1968年レコードデビュー。1970年代から80年代にかけて人気を博し、米国ラスベガスでも活躍した。2018年ナイトに叙せられ、サーの称号が付与されている。
1971年、米キャップからリリースされたアルバム『SAYING GOODBYES』の中で「ある愛の詩」をミシェル・ルグラン作曲の「風のささやき」とメドレーで歌っている。カール・シグマンの英語詞で、編曲・指揮はアーニー・フリーマン(ヴィッキー・カーの項参照)。
このアルバムは同年日本でも『ある愛の詩/ジョン・ロウルズ』のタイトルでビクターMCAからリリースされた。
JOHN ROWLES / SAYING GOODBYES / LP USA KAPP KS 3651 (1971)
ID / LP JA Victor MCA 5096 (1971)
1. WHAT ARE YOU DOING THE REST OF YOUR LIFE? (Marilyn & Alan Bergman – Michel Legrand)
2. NEVER DREAMED YOU’D LEAVE IN SUMMER (Stevie Wonder – Syreeta Wright)
3. WHERE DO I BEGIN (LOVE STORY) (Carl Sigman – Francis Lai) – WINDMILLS OF YOUR MIND (Marilyn & Alan Bergman – Michel Legrand)
4. MRS.SMITH (Larry Weiss)
5. I APOLOGIZE (Al Hoffman – Al Goodhart – Ed Nelson)
6. A LIFETIME OF LOVE (Kay Millet)
7. SINCE I FELL FOR YOU (Buddy Johnson)
8. SAYING GOODBYES (Larry Weiss – George Devens)
9. DANNY BOY (Fred E. Weatherly)
Produced by TOM CATALANO
Arranged & Conducted by ERNIE FREEMAN
Engineered by ARMIN STEINER
SIDNEY ROSSI シドニー・ロッシ - 白野弁寿
2026/08/25 (Tue) 14:50:03
SIDNEY ROSSI シドニー・ロッシ(本名:Sidney Magalhães シドニー・マガリャエス、通称:Sidney Magal シドニー・マガル)は、1950年6月19日ブラジル、リオデジャネイロ生まれ。最初ボサノバ歌手になろうとして、母のいとこにあたるヴィニシウス・デ・モラエスに止められたという。シドニー・ロッシ名義でレコードデビューするもヒットせず、1971年渡欧しブラジルのフォークミュージック・グループとツアーを行った。翌年、ブラジルに戻り、バーやステーキハウス、ストリップクラブなどで演奏活動を始めた。1976年ポリドールからシドニー・マガル名義で再デビューし、以後、歌手、俳優、ダンサー、声優として活躍し、ブラジルの音楽と文化の象徴的存在の一人となっている。
1971年、おそらく渡欧してツアーを行っている頃、仏エピックから「ある愛の詩」のポルトガル語ヴァージョンをシングルリリース。ポルトガル語詞はロッシーニ・ピントで、編曲等のクレジットはないが、芸術監督:ロッシーニ・ピントと記されている。
ロッシーニ・ピント ROSSINI PINTO は、1937年1月24日ブラジル南東部エスピリトサント州ポンテ・デ・イタバポアナで生まれ。新聞記者を経て、シンガーソングライター、レコードプロデューサーとして活躍した。1985年6月25日急性腎不全のため亡くなった。
SIDNEY ROSSI chante en Portugais / SI FR EPIC EPC 7538 (1971)
1. HISTORIA DE AMOR (F.Lai – C.Sigman – Rossini Pinto)
2. EU PRECISO ESQUECER VOCE (Flavio – Rossini Pinto)
Dir. artistica: ROSSINI PINTO
Re: SIDNEY ROSSI シドニー・ロッシ - 白野弁寿
2026/08/25 (Tue) 14:56:49
SIDNEY ROSSI シドニー・ロッシ(Sidney Magal シドニー・マガル)の肖像
DISCOGS のサイトには、そもそも“SIDNEY ROSSI シドニー・ロッシ”の項目すらないので、ここでは Sidney Magal シドニー・マガル の項目をリンクしておきます。
https://www.discogs.com/ja/artist/966187-Sidney-Magal
RACHEL REY レイチェル・レイ - 白野弁寿
2026/08/24 (Mon) 12:39:11
RACHEL REY レイチェル・レイは、詳細な経歴は不明だが、確認できる唯一のレコードで「男と女」を歌っている。ドン・ディエゴのスペイン語詞で、編曲・伴奏指揮はグレッグ・セグラ。
ドン・ディエゴ DON DIEGO (本名:アブラモ・イタロ・フェラーリオ Abramo Italo Ferrario)は1913 年生まれ。詳細な経歴は不明だが、1950年代から70年代にかけて主にフランス語の歌をスペイン語に翻訳した人物として知られている。
グレッグ・セグラ GREG SEGURA(本名:グレゴリオ・ガルシア・セグラ Gregorio García Segura)は、1929年2月13日スペイン、カルタヘナ生まれ。生地とマドリードの音楽院でピアノと作曲を学び、映画や舞台、ミュージカルを中心に作・編曲家となった。弟のアルフレド・ガルシア・セグラ Alfredo García Seguraも作曲家で、共同作品ではガルシア・セグラ兄弟 Los Hermanos García Seguraと名乗ることもある。2003年12月5日マドリードで亡くなった。
RACHEL REY / SI SP TEMPO T6S 007 (1966)
1. UN HOMBRE Y UNA MUJER (Barouh – Lai – Don Diego) 2:33
2. EVA (EVE) (Bernet – De La Noe – Magenta) 2:30
Arregios y Dir. De Orchesta Greg Segura
追悼 岸恵子 - 白野弁寿
2026/08/24 (Mon) 10:38:43
岸恵子さんが亡くなられていたことが公表されました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/e07d16c2706b24fd15f311c237e2081759c687fb
1932年生まれということで、マエストロ フランシスやミシェル・ルグランと同学年ということですね。
美貌と知性と気品、すべてを兼ね備えた方でした。
画像はユニフランス1963年11月号裏表紙から。
MEMO REMIGI メモ・レミージ - 白野弁寿
2026/08/23 (Sun) 13:30:03
MEMO REMIGI メモ・レミージ(本名:Emidio Remigi エミディオ・レミージ)は、1938年5月27日イタリア北部ロンバルディア州コモ県エルバ生まれ。リエージュ・ソング・フェスティバルで優勝し、1962年レコードデビュー。1966年のサンレモ音楽祭に出品した「生命をかけて」「別れの夜」が2曲とも入賞して、作曲家として高い評価を得た。その後もシンガーソングライター、テレビタレントとして活躍している。
1967年、伊CAROSELLOから『パリのめぐり逢い』の同名主題歌と「CERCHI NELL’ACQUA (DES RONDES DANS L’EAU) 水上のロンド」をシングルリリース。「VIVERE PER VIVERE (VIVRE POUR VIVRE) パリのめぐり逢い」はフランコ・カリファーノ、「CERCHI NELL’ACQUA (DES RONDES DANS L’EAU) 水上のロンド」はジョルジョ・カラブレーゼのイタリア語詞で、伴奏はアンジェロ・ジャコマッツィ。
フランコ・カリファーノ FRANCO CALIFANO (本名:Francesco Califano フランチェスコ・カリファーノ)は、1938年9月14日リビア、トリポリ上空を飛行中の飛行機の中で生まれた。軍人だった父の赴任地である、当時イタリア領のリビアに向かう飛行機の中で母親が陣痛を起こしたのだという。その後一家はローマに戻り、フランコ・カリファーノはかなりスキャンダラスな人生を歩んだようだが、シンガーソングライター、俳優、詩人として多くのアーティストとコラボレーションし、“Il Califo イル・カリッフォ=イスラム教皇と苗字をもじったもの?”の愛称で知られた。2013年3月30日ローマ郊外アチリアの別荘で心停止のため亡くなった。(パオラ・ムジアーニの項 再掲)
ジョルジョ・カラブレーゼ Giorgio Calabrese は、1929年11月28日ジェノヴァ生まれの作詞家。特にシャルル・アズナヴールやボリス・ヴィアン、アントニオ・カルロス・ジョビムなどの外国作品をイタリア語詞に翻訳するのを得意とした。また、テレビ作家としても多くの音楽番組や娯楽作品を手掛けた。2016年3月31日ローマで亡くなった。Screwball スクリューボールなどの変名を用いることもある。
アンジェロ・ジャコマッツィ Angelo Giacomazzi は、1907年12月21日ジェノヴァ生まれのジャズピアニスト、作・編曲家、指揮者。ミラノのレコーディングスタジオを中心にドメニコ・モドゥーニョ、ピーノ・ドナッジオなど数多くのアーティストに編曲・伴奏指揮を提供した。1977年4月30日ミラノで亡くなった。
日本では翌1968年、キング~セブンシーズから同内容のシングル盤がリリースされた。「CERCHI NELL’ACQUA (DES RONDES DANS L’EAU)」の邦題は「水上のロンド」であった。
MEMO REMIGI / VIVERE PER VIVERE / SI IT CAROSELLO CI 20190 (1967)
ID / SI JA SEVEN SEAS HIT 1489 (1968)
1. VIVERE PER VIVERE (VIVRE POUR VIVRE) (F.Lai – Califano)
2. CERCHI NELL’ACQUA (DES RONDES DANS L’EAU) (R.Le Senechal – P.Barouh – S.Miller – Calabrese)
Orch. Angelo Giacomazzi
IVAN REBROFF イヴァン・レブロフ - 白野弁寿
2026/08/22 (Sat) 12:58:01
IVAN REBROFF イヴァン・レブロフ(本名:ハンス・ロルフ・リッペルト Hans-Rolf Rippert)は、1931年7月31日ドイツ、ベルリン生まれ。本人はロシア系と主張していたが、両親の国籍はドイツであった。ハンブルク音楽演劇大学で声楽を学び、4オクターブという広い音域を誇り、2メートルを超える身長で髭を生やし、コサックの衣装でロシア民謡などを歌い人気を得た。ドイツ語に加え、ロシア語、フランス語、イタリア語、英語、ギリシャ語とマルチリンガルであったが、ロシア語の知識と発音は不完全であったと言われている。晩年は長い闘病の末、2008年2月27日フランクフルトで亡くなった。
1971年、独仏のCBSから「ある愛の詩」ロシア語ヴァージョンをシングルリリース。ロシア語詞はオルガ・ポチョムキン、編曲等のクレジットはない。
オルガ・ポチョムキン OLGA POTEMKINE は、詳細な経歴は不明だが、歌手として数枚のレコードにクレジットがあるようだが、作詞担当はこのレコード以外には見当たらない。
IVAN REBROFF / LOVE STORY / SI GER CBS 7408 (1971)
ID / FR CBS 7408 (1971)
1. LOVE STORY VERSION RUSSE (Francis Lai – Carl Sigman – texte russe: Olga Potemkine)
2. BUBLITSCHKI (Folklore – Ilona Schubina)
PATTY PRAVO パティ・プラヴォ 2 - 白野弁寿
2026/08/20 (Thu) 12:26:08
フランスでは、ポリドールからカトリーヌ・ドサージュの仏語詞による「UNE HISTOIRE D’AMOUR (theme de LOVE STORY)」もシングルリリースされた。カプリング曲もドサージュの仏語詞で歌われているが、伴奏は伊語ヴァージョンと同じで、こちらもイタリア録音となっている。
PATTY PRAVO / SI FR POLYDOR 2056083 (1971)
1. UNE HISTOIRE D’AMOUR (theme de LOVE STORY) (F.Lai – C.Desage)
2. LA VERITE DE L’AMOUR (DI VERO IN FONDO) (G.Paoli – N.Carucci – C.Desage)
Enregistre en Italie
Orchestra diretta da LUIS ENRIQUEZ
PATTY PRAVO パティ・プラヴォ - 白野弁寿
2026/08/20 (Thu) 12:15:51
PATTY PRAVO パティ・プラヴォ (本名:Nicoletta Strambelli ニコレッタ・ストラムベリ)は、1948年4月9日(1947年4月11日とする資料もあり)イタリア、ヴェネツィア生まれ。ローマのゴーゴークラブでスカウトされ、1966年RCAからレコードデビューし、1968年「LA BAMBOLA ラ・バンボラ」がNo.1ヒットなり、スター歌手となった。1980年、プレイボーイ誌(イタリア版)でヌードを披露するとマスメディアから攻撃を受けアメリカに移住するなど、1980年代一時期低迷したが、1990年代後半に人気を回復し、現在も第一線で活躍している。
1971年、伊フィリップスに移籍して「ある愛の詩」をシングルリリース。セルジオ・バルドッティのイタリア語詞で、伴奏指揮はルイス・エンリケス・バカロフ(ルイス・エンリケス名義)。カプリングは「DI VERO IN FONDO 真実の彼方に」。
同内容のシングル盤はフランス、スペイン(いずれもポリドールレーベル)、ギリシア(フィリップス)などでリリースされ、日本でも同年フィリップスからリリースされた(パティー・プラボーと表記されている)。
PATTY PRAVO / SI IT PHILIPS 6025.027 (1971)
ID / SI JA PHILIPS SFL-1344 (1971)
ID / SI FR POLYDOR 2056079 (1971)
1. LOVE STORY (S.Bardotti – F.Lai)
2. DI VERO IN FONDO (G.Paoli – N.Carucci)
Orchestra diretta da LUIS ENRIQUEZ